児嶋一哉の大学はどこ?年齢はいくつ?実はサッカーがうまいとの噂

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最近、バラエティ番組だけでなくドラマや映画でも活躍している児嶋一哉

今回は児嶋一哉の学歴や学生時代について、あとはサッカーがうまいという噂について真相を解明指定校と思います。

学歴は?大学には行っているの?

児嶋一哉の学歴についてですが、最終学歴は高卒だそうです。

最終学歴は東京都立日野高等学校卒業とのことです。

高卒ということなので、大学には行ってないそうです。

児嶋は高校を卒業後、プロダクション人力車主催の「お笑い芸人養成スクールJCA」に入学したそうです。

渡部建と初めて出会ったのはこの日野高校の時なんだそうです。

児嶋と渡部は高校の同級生なんですね。

年齢はいくつ?

児嶋一哉の年齢ですが1972年(昭和47年)生まれということです。

相方の渡部建も同級生ということで同じ歳になります。

児嶋一哉が大学に行っていたと思われているのはなぜ?

児嶋一哉の最終学歴は高卒なのですが、よく大学に行っていたと勘違いされるようです。

その勘違いのおかげで「児嶋が行っていた大学ってどこ?」ということを聞かれることもあるんだそうです。

なぜ勘違いされるのかというと、児嶋の相方である渡部建が大卒で、大学に行っていたからなんだとか。

相方の渡部建が大卒だから、児嶋一哉も同じく大卒だと思われるんでしょうね。

渡部建は神奈川大学経済学部卒業だそうです。

渡部は大学に通いながらお笑いスクールにも行っていたんだそうです。

実は児嶋と渡部は同じ高校の同級生のコンビということもあって、共に大卒だと思われるんだとか。

実はスポーツ万能でサッカーがうまい

児嶋一哉は実は非常にスポーツ万能でサッカーもうまいとのことです。

特にサッカーに関しては自信もあるらしいです。

小学生の時には東京都八王子市で当時一番強い少年サッカーチームに所属していたんだとか。

しかもそのサッカーチームではキャプテンを務めていたらしいです。

東京都の強豪チームのキャプテンなんですから、子供の頃からスポーツ万能だったんでしょうね。

TVでもサッカー関係のロケに参加しているものもあり、サッカー経験者だけあってサッカー好きなのもわかりますよね。

児嶋一哉はジャニーズに入りたかったの?

実は児嶋一哉はお笑い芸人になる前には、ある有名芸能事務所に履歴書を送った経験があるんだとか。

その履歴書を送った事務所とは「ジャニーズ事務所」だそうです。

児嶋が中学3年生の時にジャニーズ事務所に履歴書を送ったそうです。

小学生の頃だと「たのきんトリオ」とかアイドル全盛時代だったんですよ。だから近藤真彦さん、(松田)聖子さん、(中森)明菜ちゃん、キョンキョン(小泉今日子)……。自然と見る番組も『ヤンヤン歌うスタジオ』とか、マッチやトシちゃん(田原俊彦)がコントをやる『カックラキン大放送!!』とか、歌番組だと『ザ・ベストテン』とか『ザ・トップテン』。まあ、アイドルが好きでした。どっかでアイドルになりたいなと思ってたんでしょうね。

児嶋が小学生や中学生の頃はアイドル全盛の時代ということもあって、アイドルになりたいと思ったんだそうです。

特に憧れていたのは近藤真彦(マッチ)だったみたいですね。

憧れていたアイドルはマッチですね。光GENJIさんとかはたぶん同世代ぐらいで、中学ぐらいの時に観てました。カッコいいなとか、楽しそうだなとか思ってました。でも、完全にマッチです、僕の憧れは。今、マッチさんと同じ美容室に通ってるんですよ。仕事で美容室ロケをしていたら、偶然その店からマッチさんが出て来られるのを目撃したんです。それ以来、通ってます(笑)。

当時はものすごく憧れていたんでしょうね。

だからジャニーズ事務所に対してのこだわりがあったのかもしれませんね。

何でもジャニーズ事務所には中学3年の時の一番カッコよく撮れている最高の写真を送ったんだとか。

でも、ジャニーズ事務所から合格通知は来なかったんだそうです。

「写真をジャニーズ事務所に送った。入りたくて。履歴書とともに。(合格の)連絡が来なかったので、手違いかと思って、もう一回、写真を送った」

自分の一番格好いい写真を送ったから合格するのが当たり前だと思ってたんだそうです。

「合格の人にしか連絡が来ないのを知らなくて。手違いだと思って、もう1回(この写真を)送った。まだ連絡は来てない。選考中だと思う」

「まだ待っている、いつでも待っています」

こんな冗談を言って周囲を今だに笑わせているとのことです。

でも同じ高校の渡部建にしてみれば、児嶋はとても地味な普通の高校生だったとのことです。

「児嶋さんと同じ高校で、クラスメートだった。『児嶋、ちょっとパン買ってきて』『児嶋、ちょっとジュース買ってきて』って(パシリにしていた)」と冗談めかしつつ、「地味な高校生でした」

渡部にしてみれば児嶋はジャニーズ事務所とは程遠い存在だったんだそうですよ。

スクールJCAに入る前にはあるお笑い芸人の弟子入りを希望

ジャニーズに憧れて事務所に履歴書を送っても合格できなかった児嶋一哉。

その後はお笑い芸人を目指すようになります。

お笑い芸人を目指してみたものの、当時の東京には芸人養成スクールもなかったので誰かの弟子になろうと思ったんだそうです。

その弟子になろうと思った芸人というのがB21スペシャルのヒロミだったんだそうです。

なぜヒロミの弟子になろうと思ったのかというと、児嶋はヒロミと地元が同じで中学の先輩、しかもヒロミの実の妹とは同級生ということもあり弟子入りを志願したんだとか。

高3ぐらいだったかな。人づてでヒロミさんの弟子になりたいと伝えてもらったことがあります。実家同士が近くて、ヒロミさんの妹さんが僕の同級生だったこともあって、親同士も知っていたんです。それで何回かヒロミさんのご実家に通ったりしてたら、「じゃあ1回会いましょう」という風になって。それが19歳……、高校卒業した後ぐらいだと思います。

『1or8』という番組の収録現場にお邪魔したんですよ。なんか倉庫みたいなところだったような記憶がありますね。それで空き時間の楽屋に入れてもらって、お話ししたんですよ。ヒロミさんには「俺が弟子なんかとってもしょうがない」って断られたんです。

実際にヒロミに会って弟子入りを志願したものの断られたんだそうです。

ヒロミさんにお会いしたときに、当時のマネージャーの方から「うちの事務所でお笑い養成所が始まるらしいから、そこ行ってみたらどうだ」って教えていただいたんです。

この時に紹介されたお笑い事務所が「スクールJCA」だったんだそうです。

児嶋一哉は学生時代は非常に多感な少年でありながら、行動力のある少年でもあったというエピソードですよね。