又吉直樹のサッカーの実力はかなりのもの!何とインターハイにも出場の経験

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今回はお笑いコンビ・ピースの又吉直樹の噂についてです。

最近ではお笑い芸人としてだけではなく、俳優としてドラマや映画に出演したりして活躍の幅を広げています。

相方の綾部祐二とのお笑いコンビ・ピースは大変人気があり、女性からの声援も多くなっています。

又吉直樹といえば最近では作家としての仕事が大きく取り上げられました。

元々の読書好きが興じて作家としてのキャリアをスタートしましたが、2015年に小説「火花」で見事芥川賞を受賞。

作家として芥川賞を受賞したことで一躍時の人となります。

実は又吉直樹はかなりのサッカー実力者のようで、インターハイにも出場しているんだとか。

今回は又吉直樹のサッカーの実力についての噂の真相を解明していきたいと思います。

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プロフィール

<又吉直樹 プロフィール>

本名:又吉直樹(またよし なおき)

生年月日:1980年6月2日

出身地:大阪府寝屋川市

身長:164cm

血液型:B型

<略歴>

大阪府寝屋川市で、4歳年上と3歳年上の姉の下に生まれる。

父は沖縄県名護市、母は奄美群島・加計呂麻島の出身。

小学生の頃から(寝屋川市立啓明小学校)サッカーを始め、中学校は寝屋川市立第五中学校に通い、高校時代は関西の強豪である北陽高校(現:関西大学北陽高等学校)サッカー部に所属。

利き足が左足であるため、左のウィングバックをやっていた。

3年生の時は副キャプテンも務め、また大阪府代表としてインターハイにも出場している。

北陽高校の同級生には難波横山がいた。

1999年(平成11年)にNSC東京校の5期生として入学。

2003年(平成15年)夏まで原偉大と「線香花火」というコンビで活動していたが解散し、その後、同期で仲の良かった綾部祐二とピースを結成し、現在に至る。

2015年(平成27年)自身が書いた小説『火花』で新人小説家の登竜門である芥川賞を受賞した。

お笑い芸人での受賞者としては史上初の快挙である。

会見では異例づくめで通常15分ほどで終了するところ、メディアからの希望で急きょ又吉のために2度目の会見が開かれ、トータルで2時間ほどの長丁場となった。

芥川賞受賞をきっかけに文化人としてもメディアの注目を浴び単体での活動が多くなっていく。

同年、GQ Men of the Year 2015を受賞。

2016年4月から日本テレビ系『NEWS ZERO』の月1回の新キャスターに就任。

又吉直樹は両親が沖縄 、奄美大島出身なんですね。

又吉という苗字は沖縄の方に多い苗字なのかもしれませんね。

中学、高校とサッカーをしていて、高校卒業後に東京NSCに入学してお笑い芸人の道へ進むことになります。

今の相方である綾部祐二と組む前には他の相方がいたようです。

結果として綾部と組むことでお笑い芸人として売れたのですから、この選択が人生のターニングポイントだったのかもしれません。

又吉直樹にとって2015年という年は特別な年だったのではないでしょうか。

作家として「芥川賞」を受賞することで大ニュースになります。

その後芥川賞を受賞した作品「火花」は239万部の大ヒットし、映画化にもなります。

又吉直樹の人生がガラリと変わった出来事になったと思います。

又吉直樹のサッカーの実力はかなりのもの

プロフィールにも書いてある通り、又吉直樹はサッカー経験者のようです。

小学生の頃にサッカーを始め、中学、高校とかなり本格的にやっていたようです。

特に高校の時は大阪の強豪高校である北陽高校(現:関西大学北陽高校)のサッカー部に所属していたようです。

インターハイにも出場

又吉直樹が強豪校である北陽高校に入ることになったのは、中学校のサッカー部の顧問の先生からの勧めだそうです。

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又吉のお母さんがこのように当時のことを語っています。

「北陽を選んだのは、中学時代のサッカー部の顧問の先生に勧められたからです。先生が、『直樹君は高校でレギュラーになれるかは分かりません。でも、彼なら補欠であっても3年間やめずにサッカーを続ける確信があります』とおっしゃっていたことは、今でもよく覚えています。たしかに直樹は我慢強い子でしたから」

中学時代から非常に辛抱強く、忍耐力のある子供だったのではないでしょうか。

顧問の先生にも見込まれていたんでしょうね。

北陽高校サッカー部の元監督・野々村征武氏が、当時の又吉を語る。

「新入部員は70~80名いて、途中で何人もの部員が脱落していく中、又吉は3年間頑張りました。体は華奢だが、足が速くて持久力もある。2年からトップチームに入り、3年時にはスタメンで、副キャプテンも務め、インターハイにも出場しました」

北陽高校のサッカー部の先生も又吉の実力を買って期待していたんでしょうね。

関西屈指の強豪高校のサッカー部で2年生の時からトップチーム入りし、3年生の時にはチームの副キャプテンにもなり、インターハイにも出場するのですから実力は言うまでもないのではないでしょうか。

大学からもスカウトがあったとのことですが、又吉直樹はお笑い芸人の道を選びました。

大阪府出身ながら東京NSCを選んだ理由は、高校サッカー部の監督が吉本興業にも顔の利く人物であり、大学推薦を断ってお笑いの道を目指していることが判明するのを恐れたためである。

高校のサッカー部の監督が吉本興業にも知り合いがいたという理由で東京のNSCを選んだんですね。

でも、東京のNSCに行ったから綾部とコンビを組むことができたのですからものすごい偶然ですよね。

高校時代は強豪高校のレギュラーでインターハイ出場、大学からもスカウトされるということは、又吉直樹は間違いなく芸能界屈指のサッカー実力者だと思いますよ。

母校・関西大学北陽高校にユニフォームを寄贈

又吉直樹は関西大学北陽高校サッカー部の後輩たちにユニフォームを寄贈したとのことです。

2015年10月16日
第153回芥川賞を受賞した又吉直樹氏(35)からユニフォームの寄贈がありました。
又吉直樹氏は本校サッカー部のOBで、恩師である野々村前監督に受賞報告をした際、『副賞で頂いた賞金で母校サッカー部の後輩が何か喜ぶことをしたい!!』との話になり、公式戦のユニフォームを寄贈していただくこととなりました。
ユニフォームを着た選手たちは喜び、「先輩の優しさがうれしい!!」
「このユニフォームを着て全国に行く!!」と口々に話していました。
なお、このユニフォームは10月25日(日)から始まる選手権大会大阪府予選から着用していきいます。

こうやって母校にユニフォームを寄贈するのは、それだけ高校時代は本気でサッカーに取り組んできたからであり、自分の母校に愛情があるからに違いないですよね。

ちなみにこのユニフォームの寄贈は芥川賞の賞金をほぼ全額使ったとのことです。

「火花」で芥川賞を受賞した「ピース」又吉直樹(35)が、賞金100万円を投じて関大北陽高サッカー部にホーム、アウェー2種類のユニホーム50着を贈り、16日、同校サッカー部員にお披露目された。

又吉は受賞直後に高校時代のサッカー部監督で、恩師の野々村征武氏に報告の電話。その後も連絡を取り、野々村氏に、賞金でユニホーム制作を申し入れていた。

賞金全額を使う形になり、同校の内田正人教頭(58)は「約束を守ってくれて感謝です。卒業生の誇りです」と話した。

内田教頭によると、これまでサッカー部のユニホームは「十分ではなく、1チームが着用すると、対外試合ができなかった」といい、後輩たちを思った又吉は、賞金でのユニホーム制作を申し出たようだ。

又吉は卒業後も、恩師を訪ねており、サッカー部時代と変わらぬ固い絆で結ばれている。内田教頭は、そういった又吉の生きざまに感銘を受け「今の生徒たちにも、又吉くんの生き方を見習ってほしい。北陽の誇りです」と話している。

又吉の方から賞金でのユニフォーム制作を申し入れたんですね。

スゴいです!

なかなか出来ることではないと思います。

サッカー関連の仕事でも活躍

現在では又吉直樹がサッカー経験者であるということは広く知れ渡っているようで、サッカー関連の仕事も増えているようです。

元サッカー日本代表の岡田武史との対談や、中田英寿との対談などもしています。

芸能界屈指のサッカー実力者として、又吉直樹は今後も益々活躍していきそうですね!

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